コーヒーノート資料館には、20年以上まえの珈琲の専門誌に掲載されていた記事が保管してあります。
そこには、当時のコーヒー業界を取り巻く状況、
当時の珈琲職人の心意気が、記録されています。
あらためて読み返すと、
当時の珈琲職人は現在の我々以上に、情熱的であったように思われます。
今では当たり前になっていますが、
産地に赴き、最高品質の原料を引いてくる、
極めて高性能の焙煎釜を使用する、
こんなの、当時では考えられないことでした。
でも、そんなハンデを補ってあまりある、情熱と創意・工夫。
そして何よりも、コーヒーの本質を見極め、お客様に提供しようとする志の高さ。
我々には、太刀打ちできないものがあると感じます。
素晴らしいコーヒー生豆を探し出し、提供してくれる「コーヒーハンター」のおかげで、
私たち珈琲職人は、昔とは比べ物にならない素材を手にする事が出来るようになりました。
それなのに、焙煎に対する意識は以前のまま、意識の上ではむしろ退化しているかもしれません。
素材が持つ以上の味わいが生み出せないのは事実ですが、
昔は「豆の個性を引き出す」なんて、甘いこと言ってる職人は一人もいません。
「店の味」がすべて。
要するに、素材の力だけに頼り切ってないんですよ。
素材に振り回されていない。
あくまで、「自分自身」の投影なんです、コーヒーが..。
職人の人生経験すべてが表現されていたのだと思います。
私自身、珈琲に対する哲学、美学を持たなければならない、と痛切に感じます。
幸いな事に、コーヒーノートの「ブタ釜」は往年の名機。
当時の息づかいを今に伝える数少ない存在です。
「ブタ釜」と、最高の原料生豆の組み合わせ。
私の志次第で、素晴らしい珈琲が生まれるはずです。
余談になりますが、私自身も何度かコーヒーの専門誌で紹介されましたし、
コーヒーについての私見を一年間、連載させてもいただきました。
そのなかで、「豆の個性を引き出す」なんて事は言ったことがありません。
「コーヒーノートの味」を作ろうとしています。
そのために、素材を選んでいるにすぎません。
最近のコメント