コーヒーノートのコーヒーはいったい、どんな信念に基づいて作られているのか?
きちんと伝えて行かなければいけない、とずっと考えております。
今まで「おいしい水のようなコーヒー」と謳ってきました。
コーヒーノートのコーヒーをお召し上がり下さった方から、
「おいしい水のように、体にスッと入っていくね。本当にいい表現だね」
とおっしゃって頂いていますが、決して水臭い、薄いコーヒーという訳ではありませんので、誤解なきよう願いします。
店内喫茶スペースでお召し上がり頂いているコーヒーの濃度についても、
ひとつの考えに基づいている訳です。
濃度ひとつで、味わいの印象は劇的に変わります。
一部分の特徴のみが強調されたり、微妙なニュアンスが隠れてしまったり…。
プロなら濃度のコントロールひとつで焙煎したコーヒーの粗を隠すなんて朝飯前です。ご注意下さい。
コーヒーノートの喫茶スペースはコーヒーノートで販売しているコーヒー豆のポテンシャルを確認して頂くための、いわば「ショールーム」な訳ですから、できる限りニュートラルな状態でコーヒーを提供させて頂くように努めています。
包み隠さず、コーヒーそのものを素のまま提供させて頂きます。
そうすると、コーヒーの濃度も自ずと決まってまいります。それで現在の濃度に落ち着いている訳です。
「素材の味わいを最大限に引き出して…」
コーヒーに限らず、すべての料理人が口にするフレーズですが、
本当にその意味を理解している焙煎人はどれくらいいるのでしょうか?
引き出している、いないに関わらず、確固たる信念・理論に基づいた仕事をしている人はどれくらいいるのでしょう?
世界各国の中でも「素材の持ち味を最大限に活かす」という意味において日本料理は、ある意味究極といっても良いでしょう。
余計なものはどんどん削ぎ落として、芯の部分だけで勝負します。
ソースだのなんだので、無闇に味を膨らませたりはしない。他所の国には真似の出来ないことです。
また、嘗ての日本人はこれを理解出来るだけの繊細さを持っていました。
今でも、日本料理の料理人さんの中にはサトイモの煮っころがしを口に放り込んで、
「これは、これこれの段階で砂糖を入れ、この段階で醤油を注して、…」なんて言い当てることが出来る人がいるそうです。
サトイモの味わいが層を成しているのが分かるんですって!!
今、どれくらいの人がこうした微妙で複雑な味のニュアンスをセンスできるのでしょうか…。
コーヒーノートのコーヒーは日本料理的である、と考えています。
なかでも、私のルーツともいえる京都の料理、所謂「京料理」の品格を目指しています。
繊細な感覚を持った方には「特別なコーヒー」であるということがご理解頂けると思います。
まだ、道半ばではありますが、いずれ、みなさまにも実感して頂く事ができるよう、努めてまいりますのでご期待下さい。
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