古道具屋さんをやっていらっしゃるお客様とのお話です。
業者専門の競り市で出会う同業者の間で「もう、何を仕入れたらいいのか分からないね」という話題になるそうです。
自分の好みだけで品物を揃えていると、だんだん周りが見えなくなってくる。
お客様の方もどんどん勉強してきているから、同じ傾向のものばかりでは見向きもされなくなる。
骨董の世界について私はほとんど何も知りませんが、
近頃では、時代を経て正当に評価されてきた骨董の品々の価値は下がり続ける一方だそうです。
その原因は人びとの価値観の変化、多様化。
趣味の世界において今や、誰もがひとりひとり、オタクと呼べるほどの世界観・価値観を持っていると言っても過言ではないでしょう。
骨董の世界においても、従来の価値観でもってモノを選ぶ必要はなくなってきた訳です。
ガラクタのようなものが矢鱈な値段で取引されたりで、
今まで失敗もしながら一生懸命に勉強して身に付けた知識・鑑識眼だけを頼りに商売してゆく事ができなくなりつつあるそうです。
骨董の初級者、中級者、上級者のうちのいったいどの層を相手に商売してゆくのか?
ただ普通に売れる物だけを扱うのでは、時代の好みに流されるだけ…。自分自身の誇りもある。
こんな状況のなかで、近頃やっと自分が信じて進んでゆく方向が見えてきたそうです。
商品を購入して頂くときに感じる「このお客様に分かってもらえて良かった、うれしい」という喜び。
自分の眼を信用して頂いたという、この喜びのために仕事をしているようなものだ、と話して下さいました。
翻って、私のコーヒーの仕事を考えてみます。
コーヒーノートでは、原料のコーヒー生豆はスペシャルティーコーヒーと呼ばれるもののみを使用しています。
スペシャルティーコーヒーというのは、栽培地による特有の風味・個性が明確に現れているコーヒーのことです。
多くの魅力を備えたコーヒーなのですが、焙煎しだいで味わいはずいぶん変わります。
個人の焙煎を「表現」といって差し支えないのだとしたら、表現の仕方はひとそれぞれです。
原料の個性を見極めて、どんなふうに表現をするか決める。
一方向からしか見ることができないと偏った味覚表現に傾いてしまう恐れがあります。
原料の持つ力だけに振り回されてしまうことのないように自戒しないといけません。
「表現そのものが個人的な好みだけで済むものではない、我々はお客様から託されて焙煎をしているのだ」と語る同業者もいます。
お客様が求めるおいしいコーヒーというものも変化してゆくかも知れません。
お客様の要望に応じるのか、私たち焙煎者が提案してゆくのか?
「こんな味わいのコーヒーがあるんですよ」とお客様に伝えていけるようでありたいと思います。
「おいしいね〜」とおっしゃっていただける事は、自分が認めていただけたようでうれしいものです。

「袋が大好きなチケちゃん」
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