カナリアを飼っていたことがある。名前はコロちゃん。コロコロ鳴くからコロちゃんだ。
名前はこれくらい単純につけておいた方がいい。あんまり懲りすぎると、あとで気恥ずかしくなってしまう。
コロちゃんの前には、ランチュウという種類の金魚を飼っていた。
各地に愛好会があり、私もこれに入会。各会にはそれぞれに”スタンダード”(=審査基準、審美基準)とでもいうべきものがあり、毎年品評会が催される。
会員はこれに向けて一年間丹精することで、魚に対する理解を深めてゆく。
”スタンダード”のことを私は「形あるものに宿る、言葉では言い表せないもの。感じとるもの」としか表現できない。
良い魚をたくさん見る、自分で飼って育てる、失敗して死なせて悔やむ、そして、また飼って育てる、これを繰り返してゆくことでしか理解できないものだと思う。
ちなみに、愛好会で守り育てている純粋な血統の魚は、一般の金魚屋には置いていない。
大方、はじめのうちは飼育技術が伴わずに死なせてしまうのがオチであるから、良心的な愛好会の場合、初心者にはよほどの事でもない限り、上等の魚は持たせてくれない。
お金を出して分譲してもらうわけであるが、こうした場合も「(会の魚を)持たせてもらう」という。
何をするにも熱しやすい性格で、私のランチュウ飼育は家族まで巻き込む傍迷惑なものだった。
赤丹(あかに)と名付けて大切にしていた魚を死なせてしまい、アパートの庭に埋めた夏の晩、妻と線香花火を焚いて弔った。
チリチリ、と玉になった火種が落ちそうになるその間際、「赤丹ちゃん、まだ落ちちゃだめ!」と妻が呟いた。それで私は子どもみたいにわんわん泣いた。
ウデもないのに、魚に無理ばっかりさせてしまった…。自分にはこういうことする資格はない、とそれから金魚はやめてしまった。
これ以上、手を広げるほどの場所も、小遣いもなかったというのも理由のひとつであるが…。
金魚の次に興味をもったのが、カナリアだった。
この頃の私は、「可愛がって楽しい日々を一緒に過ごせるペットを持とう」と考えるようになっていた。
アパートでも飼うことのできるちいさな生きもの、それでカナリア。
コロコロ囀る小鳥の声を聞きながら朝、目覚める。水に住む魚と違って同じ空気、同じ環境の中で暮らすちいさな生命。
こんにちは、興味深く読ませていただきました。
普段の日記もそうですが、次を読みたくなる文章です。
続きを楽しみにしています。
ご感想ありがとうございます。
前置きばかりで、なかなかコロちゃんは登場しませんねぇ。
いま、続きを書いているところです。
今週中には、公開したいです。
楽しみしてにお待ち下さいね。
カゼひかないでがんばって下さい。